1 9年半過ぎても解決しない福 一事故
2 震災から9年半を迎えて思うこと
3 放射能低線量被曝とトリチウム汚染
4 黒い雨・広島地裁判決に想う
5 ふくしま共同診療所と共にあゆむ会第2回総会報告
9年半過ぎても解決しない福一事故
ふくしま共同診療所院長布施幸彦
9月11日で9年6か月が経過しました。福島民報は、9月2日から10回連続で特集記事を載せました。 福島の現状が垣間見えるので、幾つか紹介します。
汚染水の海洋放出はさせない
福島第一・第二原発の項では、放射性物質トリチウムを含んだ処理水(汚染水)の取り扱い方針が決まらず、貯蔵タンクの容量が限界に近づき、政府の判断が焦点になっていると、報道しています。政府小委員会は汚染水の処理方法として、「海洋放出」を提言し、政府は5回にわたり県内外で意見聴取会を開きました。
県内21市町村議会・農業団体・漁業団体・流通団体は汚染水の海洋投棄に反対し、保管継続を求めています。安倍首相は退陣しましたが、菅新首相が反対を押し切って「海洋放出」の方針を出すのではないか、と懸念されます。
困難な中、避難生活を続ける
避難生活の項では、県内外への避難者数は3万7,299人(県外2万9,706人、県内7,580人、不明13人で、2012年の12万7,566人に比べ大幅に減ったと、報じています。また災害直接死と関連死については、直接死1,605人・関連死2、312人と関連死が今なお増え続け、自殺者も118人と被災3県で最多となっている、としています。9年半が過ぎてもまだ県外避難を続けている人たちが、2万9,706人います。
県外に避難して住民票を住んでいる町に移動すると県外避難者とは認定されなくなるので、住民票を福島に残し、住宅追い出しや経済的困難に負けずに9年半闘ってきたのです。彼らの聞いに感動と尊敬の気持ちを抱くと共に、県内に残っても震災(原発事故)のために無念に亡くなっていく人々が今でも多数いることに、怒りを覚えます。
小児甲状腺がんの全貌を隠蔽
健康・放射線管理の項は小児甲状腺がんがメインテーマです。8月31日に福島県県民健康調査検討員会が行われました。その会議で、2018年度から始まった4巡目の甲状腺検査が新型コロナの影響で3月から実施出来ず、9月以降に順次行うことが決まりました。
今年3月から実施を見合わせていた学校での検査については、今年度415校で計画していた甲状腺検査の内、257校での検査を来年度以降に見送ることになり、今年度の対象者は約9万人から約2万人と4分の1以下に減ることになりました。しかしコロナ禍は継続しており、今まで通りに学校での甲状腺検査が行われる保証はありません。
今回の検討委員会では、小中学校や高校などで一斉に行う検査について、県職員が県内20校程度を訪問し、検査状況を視察し、検査を受ける選択の自由が担保されているかなどについて聞き取ると共に、保護者らの認識を調査することが決まりました。また学校での甲状腺検査が主に授業時間に行われ、ほとんどの児童や生徒が参加していることから、一部の委員からは検査を受けるかどうかを子供が決められるよう、授業以外の時間に行うことを求める意見などが出されました。次回の検討委委員会までに聞き取りする保護者の規模や具体的な手法、実施時期を検討し、提案することになりました。
甲状腺検査の受診率は、1巡目81,7 %、2巡目71.0%、3巡目64.7%、4巡目61.4 %と低下し続けています。しかし学校検診が行われているので、この程度で済んでいるのです。「学校検診を止めたい」が検討委員会の一部委員の本音です。今回の決定は、コロナ禍を理由に学校検診を縮小させ中止に追い込むための布石です。
また小児甲状腺がんに関しては、甲状腺がんないし疑いとされた人は245入(手術でがんと確定した入199入)と発表されました。
しかし甲状腺腫瘍があり保険診療で経過を見ている「甲状腺がん予備軍」が4,000入以上いると言われています。経過観察中の彼らが手術でがんと確定しても、この県民健康調査の甲状腺がん数には合算されませんので、実際の数はもっと多いことが分かっています。学校検診の継続と小児甲状腺がんと確定したすべての数の公表が絶対必要です。
最終処分場決まらず、宙に浮く汚染物質
中間貯蔵・環境再生の項では、中間貯場施設(大熊町と双葉町)への除染廃棄物の輸送が、計画全体の6割を超え、2021年度未に完了すると、報じています。除染廃棄物は、中間貯場施設への搬入開始から30年以内に県外の最終処分場へ移すことが法で決まっています。搬入開始からすでに5年経過しようとしていますが、未だに最終処分場は決まっていません。大熊・双葉町は、最終処分か法定通りに実施されない限り「町内全域で居住環境整備の見通しが立たない」と、最終処分場を決めるように国に要請しています。
全量全袋検査中止で、汚染の実態が不明に
農林水産業再生の項では、農業に関して、産出額は風評などの影響で大きく落ち込んだが、現在は震災前の9割程度まで回復している、としています。さらに米に関して、今までは放射能汚染の程度をすべての米で測定(全量全袋検査)していたが、今年8月24日から避難区域12町村以外では抽出検査に移行した、と報じています。全量全袋検査で安全を確保していたのに、抽出検査ではすり抜ける可能性があります。また食品衛生法の基準(1kg当たり100ベクレル以下)も問題で、100ベクレル以下なら安全だという根拠はありません。全量全袋検査を行い、どれ位の放射能汚染があるのかを、たとえ数ペクレルであっても表示し消費者に判断してもらうことが必要だと思います。
漁業に関しては、試験操業における国の出荷制限が全て解除され、本格的な操業再開に向けて歩みだしているが、未だに震災前の2割に達していない、と報道しています。徐々に漁獲量を増やしていこうとしていますが、汚染水の海洋投棄が決まれば、すべてご破算です。海洋投棄は絶対に認められません。
事故の責任から逃げ回る国と東電
賠償の特集では、東京電力が、県が要求した損害賠償額191億5千万円に対して107億5千万円(56.1%)、市町村が要求した賠償額1361億8,286万円に対して428億1191万円(31.4%)しか支払っていないこと、理由として、政府内に置かれた原子力損害賠償紛争審査会の指針を上回る賠償を拒否しているため、と報じています。また原発事故の裁判外紛争解決手続き(ADR)を巡り、和解案の提示に至る審理期間が2019年までの6年間で2倍以上に伸びたこと、理由として、申し立て件数の増加、事故前後の状況を示す資料の散失、新型コロナの影響、和解案を東電が拒否しているため、等を挙げています。
また国や東電の責任を問い損害賠償を求めた集団訴訟では19件すべてで東電に賠償命令が出たが、国の責任について規制権限を行使しなかった対応の違法性を巡って判断が分かれていること、国は規制権限不行使の違法性を否定し、東電は国の指針に従い十分に賠償している、との反論を載せています。
さらに東電原発事故旧経営陣強制起訴裁判では、2019年9月に3人全員無罪判決が出たが、今後東京高裁で控訴審が開かれる、と報じています。東電と国は少しでも賠償額を減らし国には責任はないと主張していますが、原発事故の責任は、国の原発政策と東電にあります。彼らに全責任を取らせるまで闘いは終わりません。
以上見てきた通り、9年半たっても何も解決していません。安倍首相は退陣しましたが、彼が首相だったために問題はより山積しました。菅新首相は「安倍政権の政策を引き継ぐ」と言っています。彼には全く期待できません。しかし多くの県内外を含め福島県民が闘っています。長い闘いとなるでしょうが、診療所は微力はがらその一翼を担って今後も闘って行きます。